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今日は小寒です。
暦の上では、今日から寒の入り、
これから節分までの期間が「寒」
とされ、寒さはこれからが本番と
なります。三が日の暖かさから、
例年の陽気に戻りそうなので、体
調にはくれぐれもご注意ください。
今日のお話は、わたしの高校2年時
今から約35年までさかのぼります。
彼との出会いは、16歳の時でした。
高校2年より同じクラスになり、
出席番号が一番違いで、席が前後
となったことから、始まりました。
今から思えば、常に彼を追いかけ
ていました。彼は常に成績優秀で
彼をどうしても超えることが出来
ませんでした。
そんな中でも唯一、数学だけに関
しては、わたしが学年一番だった
ので、この部分に関してだけ、彼
に唯一、勝てた点でした。
常にライバル意識を持って切磋琢
磨出来たのも彼のおかげです。
ライバルの存在ってとても重要ですね。
常に自分を高める上においては、
欠くことが出来ない存在です。
彼とは、良く学び、学業以外にお
いても良く遊びました。
今では、35年来の親友なのですが、
大学進学時に数年間の断絶の期間
がありました。
その理由は、彼は、ストレートに
進学し、わたしは、浪人するハメ
になってしまったことです。
彼が進学が決まって、私が浪人の
確定しまった後に、彼にあった時
の些細な彼の一言でした。
何と言ったかは、思い出せないの
ですが、相当インパクトのある事
でかつ的にあったことを指摘され
たのを受けその後、数年間の断絶
期間がありました。
その後、わたしが大学に進学して
随分たってから、彼のことが気に
なり、私の方から連絡を取って、
再開を果たしました。
合わなかった期間、わたしは彼の
ことを一時相当許せなかったので
すが、後になって、再会がなけれ
ば今もないんだろうと思うと、あ
の時、彼に対して許すということ
が自分自身出来て本当によかった
と思っています。
憎んでいたり、恨んでいる相手で
あっても時として、相手を許して
あげるということがどれほど重要
かを学びました。
その後も、彼と私は、お互い就職
した後も交流は続きました。
わたしが就職後、転勤で東京勤務
になり、一時、疎遠になりかけた
のですが、彼も東京に転勤となり
再会をはたしました。
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思わぬ、
東京に来てからのハプニング。
その日は、2011年3月11日。
東日本大震災のあった日です。
その日当日は、ちびっこの体調不
良で、わたしは、午前中子守で、
妻と交代で、午後からの勤務で、
会社に向かっていました。地下鉄
の乗換で震災に遭遇し電車で一駅
分の道のりを歩いて、会社にやっ
とのことでたどり着きました。
その後、東京の交通網はマヒして
帰るすべをなくしていたのですが、
偶々、会社の後輩がうちのマンシ
ョンの住人で、彼はバイク通勤を
していて、乗っけてもらって、難
を逃れました。
やっとのことで、自宅に帰ってほ
っとしていたところではあったの
ですが、携帯に連絡が。。
そう、彼からの電話でした。
浜松町で帰宅難民になってる。。と。
やっとうちに帰ってきたのにっと
家族に言われながらも、
家族の反対をよそに、気が付けば
彼を迎えに行っていました。
普段なら10分でいける距離なのに
1時間半はかかったことが記憶に
残っています。
優先順位を問われる局面では、
ありますが、今回のケースに関し
て言えば、自宅にいる家族の安全
確認が出来ているので、親友のレ
スキュー向かいました。
今回の件で感じた事は、非常時に
こそ人は試されるのだなと、また、
このような時に、連絡を取り合え
るのが真の意味での親友だと改め
て身をもって体験しました。
また、このような親友がいてくれ
ることに感謝です。
小林 修
【小林おさむ公式メルマガ】
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